「本質」という嘘

From:Dr.kappa
月曜日、午後10時50分
日本、本州

「本質を教える」という方がいます。

本当でしょうか?

インターネットやSNSなどの発達により、誰でも情報を発信できるようになりました。

それ故、ビジネスをする者としてはその中で目立たなければならないという必要性が生じました。

このような背景があるからか、最近、「本質」とプロフィールに書かれたアカウント、投稿に頻繁に「本質」と書いている方々が多いような印象を持っています。

特にビジネス系のアカウントに。

私は昔から源流に惹かれる傾向があったと書きましたが、人間はどこか本質に引かれる部分を持っています。

後でお話ししますが、宗教やスピリチュアルなどもこの傾向の上に乗っかっているものだと私は理解しています。

なので、「本質」と書いたら一定数の人数が集まってくることは予想できます。

ただ、きちんと考えるためには、少なくとも「本質」とは何か?を定義しておかなければなりません。

もちろん、万人が同意する定義である必要はありません(そもそもそんな定義を見つけるのは困難)。

ですが、「本質」と書く(しかもそれを他者に伝えようと言う)からには、その方は自分の言葉で定義をしていなければならないと、少なくとも私は考えます。

そこで、(私は本質云々と書いていませんが)私なりの定義をしてみたいと思います。

すると、「瑣末な枝葉は取り去って残った幹の部分」などと言えるでしょうか。

言い換えると、物事の共通部分だと私は理解しています。

例えば、チワワとプードルの本質と言われたら、それらの共通部分を取って「犬」となるでしょう。

このように定義された本質は、定義から普遍性を持ちます。

なぜなら、あらゆる物事の共通部分を抽出したものだから。

この普遍性ゆえに、ビジネスの文脈では「どんなビジネスでも」稼ぐ為に本質を理解しよう、などという主張が生成されます。

というのも、稼ぐ本質であれば、定義からあらゆる業種・業態に応用できるはずだから。

そして、このように定義された本質はロバスト性も持ちます。

ロバストという用語は物理から借りて来ましたが、ある種の安定性のことです。

今の文脈では、「時間が経過しても変化しない」というのがロバスト性の1つの現れです。

やはり定義から、現在だけでなく、過去、未来の物事の共通部分も取っているので、本質は時間が経過しても変化しません。

このような時間変化もせず、普遍的であるものに対して、人は安心感を抱く傾向があります。

拠り所、絶対的に安定な足場とできるからです。

これらの性質のために、真理と呼ばれることもありますね。


さて、ここまでで、もっともらしい「本質」(あるいは「真理」)の定義を手にしました。

ですが、本質が存在するかは別に考えなければなりません。

条件が強すぎて、そもそも存在しない場合があるからです。

(数学のように論理的に考える場合はこの点を注意深く考えます。

というのも、条件を色々と付ければ、色々と強い主張ができるのですが、そもそもそんな対象が存在しなかったら何の役にも立たない議論になってしまうからです。

例えば、「それ以上でもそれ以下でもない」という言い回しがあります。

ここではわかりやすいように「0以上でも0以下でもない」という主張を考えてみると、そのような数は存在しません。

この結論は0だけでなく、どんな実数を持って来ても同じです。

条件が強すぎる例の1つですね。

したがって余談ですが、私が学生だった頃、友人たちが「それ以上でもそれ以下でもない」と言ったら「じゃあ空集合じゃないか」と返していました。

冗談のような本当の話です笑)

さて、少し脇道に逸れてしまいましたが、上のように定義した本質が存在するかを考えてみましょう。

すると、実は本質は存在しないことが知られています。

どうやって証明するのか?

概略は次の通りです(どうしても抽象的になってしまうことはご了承ください;顎の力を鍛える練習と思って頂ければ幸いです):

まず、「共通部分を取る」場合のように、ある領域を指定する操作は、何らかの主張をするのと同じです。

(例として、整数から偶数という一部を集めて来ることは、ある数が2の倍数であると主張するのと同じ。)

次に、本質の定義より、あらゆる領域(あるいは主張)との共通部分(あるいは論理積)を取っても、再びその共通部分に含まれていなければ(あるいは真でなければ)なりません。

言い換えると、あらゆる領域に含まれていなければなりません(これが本質の定義でした)。

ところが、きちんと論理的に考えられる論理体系であっても、正しいか間違っているか、真偽を証明できない主張(あるいは命題)が存在することが証明されています。

この定理はゲーデルの不完全性定理と呼ばれています。

そこで、真偽を判断できない命題(ゲーデル文と呼ばれます)を1つ持って来て、その命題が指定する領域と本質との共通部分を取ってみましょう。

すると、本質の定義からこの命題は真でなければなりませんが、そうなると、真偽を判断できなかった命題が真だったと分かってしまうことになります。

(共通部分を取ることで得られる論理積は、両者が真の時だけ真を与えるので。)

これは矛盾となるため、「上で定義した本質がゲーデル文に含まれている」とは言えないことが証明されます。

簡単に言えば、上で定義した本質がゲーデル文に含まれることが証明できない為、本質は存在しないと言うことです。

以上より、上のように定義した本質は存在しないことが結論されます。

言い換えると、もし「本質」云々と言っている方がいたとしたら、その方が話している対象はそもそも存在しないか、あるいは定義が私のものとは異なる為、普遍性やロバスト性を持たない「本質もどき」に過ぎないということです。

2回前、3月2日にお話しした現代思想では、この事実はずっと前から知られています。

(ゲーデルの論文は1931年に出版されているので。)

それ故、この世界に本質や真理は存在しないということが分かっています。

元々、哲学はこの世界の真理を解明しようという学問でしたが、このような大きな挫折を経験。

その結果、(存在しない)絶対的な「真理」の追求ではなく、既存の考えを乗り越えて、世界をより明晰に認識していこうとする試みに変貌しました。

この試みが現代思想、具体的には分析哲学などが行おうとしていることです。

(2回前にご紹介したウィトゲンシュタインの本では、言葉の使い方を明晰にして行くことによって、当時掲げられていた哲学的問題はそもそも言葉の使い方が誤っているに過ぎない、と一蹴しています。)

以上より、「正しい」姿勢は、ありもしない「本質」を求めることではなく、現在囚われている思考の枠を取り払い、思考を磨いて行くことだと明らかになって来ます。

ちなみに、同じ過程を辿って発展して来たのが物理学です。

物理学の大きな契機はニュートンの古典力学にあります。

彼が築いたニュートン力学は、身の回りの物体の運動から星の運動まで、ありとあらゆる運動を(時に計算機の力も借りることで)正確に記述できます。

あまりにも正確なので、予言さえ正確にできてしまい、高校レベルの物理を学んだ者は「神」のような万能感さえ感じるほどです。

(私が学生の頃に物理に惹かれた理由もここにあります。)

ところが、20世紀に入って、原子のような小さな世界にも古典力学を適用しようとすると矛盾が生じることが発見されます。

この「矛盾」を乗り越えようとして量子力学が発見されました。

物理学(おそらく他の科学も)はこのように、世界を矛盾なく記述できる理論を構築し、矛盾が見つかった場合は、その現象も含めても辻褄が合うように仮定を更新していきます。

私が物理学の手法(分析哲学の手法と言っても良いでしょう)を使って人間の認識に対する理論を構築している理由はここにあります。

言い換えると、私の現時点での理論はあくまで仮定に過ぎません。

物理学や現代思想のように常にアップグレードされて行くということです。

したがって、私の言葉も「本質」などではありませんので、ご自身の頭で批判的に考えるようにして頂ければと思います。


P.S. 今回のメインメールは実用性とはかけ離れてしまいましたが、たまにはこのような抽象的な内容で顎を鍛えるのも良いでしょう。

余談ですが、本文中で触れたゲーデルの不完全性定理は宗教などにも影響を与えています。

直接的な影響を受けたのは、キリスト教のように神を「全知全能」と定義している宗教。

不完全性定理より、ゲーデル文という、真偽を判断できない命題が存在します。

この命題は何者であっても真偽を判断できない為、この命題の真偽も判断できなければならない「神」は存在しないことが結論されます。

ただ、だからと言ってキリスト教などを捨てなければならないわけではありません。

精神的な拠り所を持つことで、より良く生きられるのであれば信じることには何の問題もありません。

論理と感情や信仰は分離して考えられることが知的だと私は考えています。

例として、キリスト教を信じる友人がいますが、彼は上のような神の存在問題を純粋に論理的に議論できる相手でした。


最後までお読み頂き、どうもありがとうございました。

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